こんなの書いても意味なくない?

僕よりずっと日本語が上手くなった人たちが、そのやり方をネット上で数多く語ってきたのに、なぜ自分の話をするんでしょうか。自分の経験を語ってみる理由はいくつか考えられます。

  • 僕が一番上達できたのは 20 代後半から 30 代の、社会人になってからの時期だったからです。
  • やっと結果を出せるようになったのは、一回大きく失敗してからだったからです。
  • ソフトウェアエンジニアの僕のやり方は、他のソフトウェアエンジニアに響くかもしれないからです。

スタート地点

全力で日本語を勉強しようと思ったのは、20 代後半になってからでしたが、それまでに日本語を勉強した期間が長かったです。高校時代から大学時代に渡っての、6 年間の日本語の授業と、留学とインターンで 1 年間の日本滞在。それだけ日本語に触ってきたなのに、日本社会で暮らすのに必要な日本語力にはなかなか手が届かないままでいました。

現在

現在のレベルは、見ての通り、ネイティブとは程遠いです。英語のようにすらすらと頭に入ってきませんし、喋る時も文章を組み立てている感がありますが、言いたいことが大体言えて、日常生活で使われるような言葉が大体理解でき、日本で暮らすのに十分なレベルかと思います。メールを書くときは、敬語を ChatGPT に訂正してもらっています。漢字はほとんど書けないですが、このブログが書けるぐらいには、キーボードを使って文字が打てます。小説は、馴染みがある設定であれば普通に読んで楽しめます。

やり方

社会人になって再び日本語に挑戦してすぐ、MattVsJapanの YouTube チャンネルに辿り着きました。マット氏の動画をみて、AJATT (All Japanese All The Time)のような、インプットを中心にした学習法が最強だという確信を得ました。その具体的な方法と理論は、まだ一般には知られていませんが、ネットのあちこちでは語られています。僕自身の経験は大体以下の通りでした。

  • 常用漢字を覚えるのに WaniKani という間隔反復システムを使ったアプリで 1 年〜1 年半の間、毎日フラッシュカードを復習。
  • ある程度漢字を覚えたら、日本語のコンテンツをみながら、毎日センテンスマイニングとその復習。
  • 仕事以外の時間をほとんど、日本語を吸収するのに使いました。アニメ、YouTube、小説、オーディオブック、ゲームなど、毎日、何時間も、好きな日本語のコンテンツを消費しました。文章一つ一つを理解しようとする努力はしましたが、できなかったときは気にせず進みました。

よく議論されるのは、アウトプットをまったくしないで、インプットを受けるだけで自然と話せるようになれるのかという問題です。仕事で英語を使わないといけなくて完全に日本語に没頭できかったせいか、あるいは年齢のせいか、僕自身の場合は、日常生活で使えるようなアウトプット力を取得するにはたくさんの練習が必要でした。ほとんど日本語を話そうともせず、数年インプットにだけ専念したあとに、日記を書いたり、言語交換のディスコードサーバーに参加したり、アウトプットを練習するようになりました。もっとちゃんとした練習方はあるかもしれませんが、「楽しくやってみよう」というやり方を最後まで貫きました。

結論

ここまで読んで参考になったでしょうか。言語学習は人それぞれですが、一つ言えるのは、膨大な努力と時間が必要なことです。近道がないにせよ、向上心と時間があれば行きたいところまでは行けます。

と言いながらも、AJATT のような学習法は、ある程度頭がぶっ飛んでないとできないと思われます。これは良くないです。振り返ってみると、なんでそこまで日本語に時間を注げたのは、進歩そのものに中毒していたからかもしれません。とはいえ、曲がりなりにも、その経験を経て納得できるような人生に近づけた気がします。